函館地方裁判所 昭和40年(行ウ)9号 判決 1971年5月07日
原告 瀬戸芳蔵
被告 北海道知事
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一請求の趣旨
一 被告が昭和三九年一〇月一九日なした北海道告示第二、二六二号道営土地改良事業(天の川地区かんがい排水)計画は無効であることを確認する。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
第二被告の申立
一 本案前の申立
1 本件訴を却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
二 本案に対する申立
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第三請求原因
一 被告は、檜山郡上ノ国村久末清ほか五九名の申請に基づき、昭和三九年一〇月一九日道営土地改良事業(天の川地区かんがい排水―以下本件事業と称する)計画を定め、昭和三九年一〇月二二日から同年一一月一〇日まで、上ノ国村役場において右計画書等関係書類を縦覧に供した。
二 原告は、右事業の施行に係る地域内に農地を所有耕作している者であるが、右計画に不服があるので昭和三九年一一月一七日付で被告に対し異議申立をなしたるところ、被告は同年一二月四日付をもつてこれを棄却し、同月二〇日右決定書が原告に送達された。
三 しかしながら、本件事業計画には次のような重大明白な瑕疵があり、無効のものというべきである。
(1) 土地改良法八五条二項によれば、同条一項の申請をするには、同法三条に規定されている資格者(本件事業においては三五八名である)の三分の二以上の同意を要するところ、本件申請において同意者数は三分の二に達していない。すなわち、当初右申請書に添付された同意者名簿の署名には、印鑑の偽造による虚偽の署名あるいは錯誤に基づく署名等が含まれており、前記道の告示に対する異議申立者は、昭和三九年一一月中に有資格者総数の三分の一以上にあたる一五六名に達している。
(2) 土地改良法一条二項によれば、「土地改良事業の施行に当つては、その事業は、国土資源の総合的な開発及び保全に資するとともに国民経済の発展に適合するものでなければならない」と定められているところ、本件事業計画は多額の費用を要し、原告らの負担金も多額となるのに比し、堰堤の設置場所が不適当であるなど杜撰なもので、所期の目的を達しがたいのみならず、かえつて、現状よりも不便となり(本件計画が施行されれば、原告にとつて現状で必要かつ充分な使用水量が三分の二に減り、かつ、天の川流域の大部分の魚族滅亡の危険がある)、本件計画は有害無益なものであつて、前記法条に照らし違法かつ無効なものというべきである。
よつて、本件事業計画の無効確認を求めるため、本訴に及んだ。
第三請求原因に対する答弁および被告の主張
一 本訴は、次のような理由により不適法であるから、却下されるべきである。
(1) 本訴は、訴訟の対象となり得ない事項をその対象としている。すなわち、土地改良事業計画は、全く農業土木の技術上の見地から作成された抽象的なものであつて行政処分に当らないから、計画の内容自体に適法、違法の問題が生ずる余地はない。土地改良法八七条九項もまた、計画自体についての法律上の争いを許さず、特に異議申立に対する決定についてのみ争いの途を開いているのである。
(2) かりに、右が行政処分にあたるとしても、原告は当事者適格を欠く、すなわち、行政事件訴訟法三条四項の規定による無効等確認の訴えの原告適格は、同法三六条により著しく制限されており、原告が土地改良事業の分担金の賦課または支払いについて争うことも可能であるから、無効等確認の訴えの原告適格を欠くというべく、本件訴えは不適法である。
(3) 本件事業は、昭和四〇年三月に着工され、同四五年三月をもつて完了した。原告は、本件事業計画がいわゆる総合かん排であり、かんがい溝の設置のほか耕地整理を含むものである旨を主張するが、本件計画においては区画整理のほか排水設備および排水路等の工事は含まれていない。また、本件計画樹立後において、区画整理、排水設備および排水路に関する工事を行なう旨の変更がなされたこともない。
二 請求原因一項および二項の各事実は認めるが、三項の主張は争う。
本件事業計画の基礎となつた受益者数は三七九名、同意者数は二八〇名である。
第五被告の主張に対する原告の答弁
一 一項の(2)について。本件事業計画が施行されれば、負担金の賦課のみならず、種々の法律関係が発生し、現在の法律関係に関する訴によつては、目的を達することができない。
二 一項の(3)について。本件事業計画は、総合かん排であり、<1>かんがい溝の設置のほか、<2>耕地整理などを含むものであつて、右<1>は終了したが、右<2>はまだ終了していないから、同事業は全体としてはまだ完了していない。
第六証拠<省略>
理由
一 まず被告の本案前の抗弁について判断する。
(1) 本件事業計画は、土地改良法八七条一項に基づき定められたものであるが、右事業計画を定めるにあたつては、農用地の改良、開発、保全又は集団化に関し専門的知識を有する技術者の調査報告に基づかなければならない(同法八七条二項、八条二項)とされ、事業計画について異議申立がないとき、又は異議申立があつた場合においてもこれに対して知事の棄却決定があつたときは通常事業計画に従がつて工事等が施工される(同法八七条七項)。また、右事業計画が定められたときは、その旨公告がなされ(同法八七条四項)、右公告があつた後に土地の形質を変更し、工作物の新築、改築若しくは修繕をし、又は物件を附加増置した場合には、これについての損失は、補償しなくてもよい(同法一二二条二項本文)とされている。このように、いつたん土地改良法に基づく土地改良事業計画が定められると、右事業の施行に係る地域内の事業参加資格者(同法三条)は、前記のごとき不利益な取扱いを受けるのであるから、右事業計画は、もはや単に一般的、抽象的な決定ということはできない。さらに、同法八七条五項、六項は、知事の定めた土地改良事業計画に対する異議の手続を定め、同条九項は右計画に不服のある者が、右計画についての異議申立に対する知事の決定に対して、取消しの訴えを提起することができる旨を定めており、この点からも土地改良事業計画の決定そのものが、抗告訴訟の対象となると解するのが相当である。
(2) 成立に争いがない甲第七号証、八号証、乙第三号証、原本の存在および成立に争いがない乙第一号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一一号証の一ないし三、証人片石芳雄および同森田忠幸の各証言を総合すれば、本件事業の内容は、五年計画で天の川地区に頭首工と水路を工費約一億八、七〇〇万円でつくるものであり、関連事業として圃場整備事業が工費約一億二、一〇〇万円で予定されていたが、右関連事業としての圃場整備は本件事業の申請とは別に受益者からの申請がなければ実施することができないこととなつていたので本件事業は一応昭和四五年三月三〇日に全部完了し、その旨北海道告示第一五四八号によつて公告されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。右事実によれば、本件事業は工費約一億八、七〇〇万円を投じて完成されたものであるから、本件事業計画が無効であるとしてすでに完成された本件事業を原状に回復することは、もはや事実上不能となつたものといわなければならず、たとえ本件事業計画に原告主張のごとき瑕疵が存するとしても、これが無効の確認を求める具体的実益(訴の利益)は認められないものといわなければならない。
二 なお原告は、本件事業計画には重大明白な瑕疵があり、無効である旨を主張するので、この点について附言することとする。
1 成立に争いのない甲第四号証および第七号証、証人片石芳雄、同瀬戸文雄、同斉藤喜志雄および同大口政一の各証言を総合すれば、次のような事実が認められる。
昭和三九年七月、上ノ国村久末清ほか五九名によつて本件事業計画の申請がなされたところ、右計画に同意する者と反対する者との対立が生じ、右申請に伴なつて提出された同意者名簿(乙第二号証)中に、印鑑の冒用により作成された部分があつて受益者総数の三分の二以上の同意があつたものか疑わしいとの反対派の主張があり、同意者の再確認がなされることとなつた。再確認の結果、昭和三九年八月二二日現在、受益者総数三七九名、うち同意者数二八〇名、不同意者数九九名であり(甲第四号証)、これにより被告は、受益者総数の三分の二以上の同意があるとして、昭和三九年一〇月一九日本件事業計画を定めたものである。
原告は、右同意者の署名には、印鑑の偽造による署名あるいは錯誤に基づく署名等が含まれている旨主張している。証人鈴木保男および同大口政一の各証言によれば、中須田方面で印鑑を冒用あるいは盗用したとの風評があつたこと、証人桜井弥三松の証言によれば、同人は部落の有志が五、六人で来て、いやがらせ的なことを言うので同意書に判を押したものであることが認められるが右事実によつても、本件同意者中に原告主張のような者が含まれていると認めることはできないし、他に右事実を認めるに足る証拠はない。さらに、その後本件計画について一三二名の署名のある異議申立書(甲第三号証)が北海道宛に提出されたことは当事者間に争いのないところであるが、右異議申立書の作成は昭和三九年一〇月二八日から同年一一月一八日にかけてであつて、本件事業の申請がなされたのは昭和三九年七月、本件事業計画が定められたのは同年一〇月一九日であり、右事業計画決定の当時、受益者総数三七九名の三分の二以上にあたる二八〇名の同意があつたことは、いずれも前記認定により明らかであるから、右異議申立書が北海道に提出されたことによつて本件事業に対する同意の効果が左右されるものではなく、本件事業計画に原告主張のごとき重大明白な瑕疵があつたものと認めることはできない。
2 さらに原告は本件事業の施行により原告の利用しうる水量の減少および天の川流域における魚族滅亡の危険があると主張するがこれを認めるに足りる証拠はなく、本件全証拠によるも他に本件事業計画に杜撰かつ違法な点を見出しがたい。してみると、本件事業計画は何ら土地改良法一条二項に反するものではなく、右計画が有害無益なもので違法かつ無効であるとの原告の主張(2)は理由がない。
三 右のとおり、原告の本件請求は不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 新海順次 河村直樹 久保真人)